プラトニッククラウド

昨日の事を言うと、鬼が寂しげに微笑む。

16. 既読と言霊

「既読無視」という言葉を最初に使った人は相当造語のセンスがあると思う。

そもそも、「自分の送ったメッセージを相手が既に読んでいるにも関わらず、無視して返信を寄越さない」という状況をはっきりと認知できるようになったのは、LINEというアプリが生まれてからだろう。手紙というのは、今頃届いているのだろうと想像するものの、本当に届いてるかは返信が来るまで分からないという、奥ゆかしい連絡ツールだった。メールもその流れを継いでいて、「既読」という身も蓋もない二文字を表示したのは、日本ではLINEが最初ではなかろうか。

当然、この「既読」というサインは相手の返信への期待を生む。それは同時に、表示させてしまった者に、半強制的に返信を強いる。「既読無視」という言葉は、既読を付けたからには無視してはならないという規範を逆説的に浮き彫りにする。

「既読無視」という言葉は、LINEというアプリに特有の暗黙のルールと、それを破っているという状況を端的に表した、スマートな四字熟語である。これが初めに使われるや否や爆発的に広まったことは想像に難くない。アップデートされ続ける世界を象る言葉は、流行語として取り沙汰されるのではなく、静かに生活の一部として刷り込まれる。何気なく使っているうちに私たちは再び、既読をつけたら無視してはならないという特殊な禁則を肯定してしまう。

敢えて言えば、「既読無視」という言葉に縛られる必要はないと思っている。言霊の幸う国に住む一人の、ほんとうにささやかな願いである。