プラトニッククラウド

昨日の事を言うと、鬼が寂しげに微笑む。

28. サイファーとパピコ

7月24日を記しておかなければならない。あくまでなんの変哲もない一日であった。だからこそ、書き残して暗いネットの海の片隅に誰にも知られず流しておかねばならないと思うのだ。それが私の青春への供養になるはずだから。


昨年11月からラップをするようになった。8ヶ月くらいサイファーに行っているが、正直一向に上手くはならない。ただただサイファーが楽しくて毎週足を運んでいる。今日もいつも通りのサイファーになると思っていた。

しかし、いつもとは少しだけ違っていた。普段は19時に終わるところだが、今日は誰も終わりにしようとは言わなかった。誰かが飲み物を買うタイミングで少しの間チルアウトした。一人がパピコを買ってきて、片割れを僕に呉れた。パピコを吸いながら、夕空と夜空の境界を見上げていた。

小休止を経て、我々はまたラップをかまし始めた。一人が言った、16小節にしようと。8小節よりも長い分、実のあるバースを吐かねばならなくなる。段々とサイファーの方向は、それぞれの存在に関わる話へと変わっていった。全員が重いバースを吐く。その重みに潰されそうになりながら、自分も言葉を絞り出す。そうか、彼は初めてバイト代が入った日に黙って親の財布に一万円入れたのか。自分の生み出す言葉が軽く思える苦しみに耐えながら、周りの言葉に耳を澄ませた。リアルな奴にしかリアルな言葉は吐けないっていうのは正しいのだろうが、リアルじゃない奴にも耳を澄ませることは出来る。

そして、それぞれの存在理由についての話は、やがてそのサイファー自体の話へと収斂した。思えば、ラップに、そしてそこでのサイファーに、救われた奴ばかりだった。それぞれがサイファーの仲間たちに吐く言葉は、あくまで普段の延長線上であったのだと思う。ただ、普段は言わないでおいた恥ずかしいことを大声で叫んでいただけだ。周りの誰も信用できなかったとしても、両親とこのサイファーのマイメンだけは信じていいんだと、その場の誰もが確信していた。本音であることは、そう言わずとも、あたりが暗くて目を合わせることさえ出来ずとも、声で分かった。言葉というのは人をここまで通じさせられるのかと、言葉をまた信じていいんだと思った。普段は3時間で終わるサイファーは6時間後に終わり、膝には相当な乳酸が溜まっていた。5年後、10年後にも彼らと酒を酌み交わし、パピコを分け合っていられると信じている。